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いじめに対する正論

特に言及する気もなかったのですが、皆さん色々と意見をお持ちのようで。
私の住む京都はもちろん政令指定都市で田舎でもないのですが、なんというか「他所さん(よそさん)」を受け付けないというか、閉鎖的というか。

その辺の意識は正直田舎より怖い部分があります。
先日から問題になっている大津市のイジメ問題。

当事者が京都と関連が深いようで、色々と話が入ってきます。
ネット上の未確認情報ではなく、どこに住んでいてどこの学校に転校してきて親がどんな仕事をして、という情報も色々聞きましたが、まあそういうことなんでしょう。

一般の人でも京都に引越してきた場合、近所の人達に表面上はニコニコしながらもコソコソと噂話をされるのは、デフォルトといってもいいでしょう。
それが、メディアで話題になっている人物で尚且つイジメの加害者となれば、ある意味噂が広まるのもしょうがないのかなと思います。

ただし一旦馴染むと協力的ですが。
過去に少年犯罪で世間を賑わした人が、京都に住んでいるという例もあるとかないとか。

閉鎖的なのがいいのか悪いのか。

さて、竹原慎二のボコボコ相談室より。

『いじめを目の当たりにしても、本音はかかわりたくない。』という高校教師の相談に対する回答がなかなか正論なんじゃないでしょうか?

『ま、基本的にいじめはなくならん。学校だけじゃなく、会社でもいじめはある。そもそも、人間だけじゃのうて、動物だって群れの中でいじめとるわ。生き物である限り、生きていくための本能として仲間を蹴落とすもんじゃけぇの。だから、いじめは無理矢理なくそうとするんやのうて、必ず起こる事として正面から向き合えばええと思うがどうじゃ。
問題なのは、いじめが自殺や殺人事件に発展しちまうことだろ。教師はそうならんように、越えちゃいかん一線を越えんようにするのが仕事じゃねぇのか。いじめられる人間の痛みを、皆に伝えるのが役目だろ。で、お前は何のために教師になったんだ? ただ英語を教えるためだけか? だったら、英会話塾の先生でもやっとけや、ボケが。』

結論の『いじめをなくす方法はない。ただ、おまえは教師クビじゃ』は置いておいて。

・いじめは無理矢理なくそうとするんやのうて、必ず起こる事として正面から向き合えばええと思うがどうじゃ。
・教師はそうならんように、越えちゃいかん一線を越えんようにするのが仕事じゃねぇのか。いじめられる人間の痛みを、皆に伝えるのが役目だろ。

この二点、正論ですね。
まさにその通り。

もう一つです。
5年ほど前ですが、朝日新聞に掲載された「さかなクン」さんのメッセージ。

広い海へ出てみよう
東京海洋大客員助教授・さかなクン

 中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。

 でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。

 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。

 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。

 ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。
(朝日新聞2006年12月2日掲載)


これは深い。
素晴らしいですね。

私自身はいじめとはほぼ無縁です。
中学~高校も平和な学校であまり明確な「イジメ」はなかったと思います。

ただし、私は今で言う「いじられキャラ」でした。
こっちでいう「おちょくり」のような事はよくありました。

全国のイジメもきっかけはそのようなことなのかもしれません。
それが段々とエスカレートしたり集団心理も働くのでしょう。

おそらく「イジメ」はなくならないですよね。
竹原慎二が言うように無くそうとしたり、目をそらすのではなく正面から取り組むということが必要なのかもしれませんね、金八先生のように。
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[ 2012/07/30 08:25 ] 戯言 | TB(0) | CM(0)




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